更年期と疲労感・倦怠感について
~更年期の疲労感の正体は?~
更年期を迎えて、「なんだか疲れやすくなった」「この倦怠感はいつまで続くの?」と不安を感じる人は多いようです。疲労感は、更年期以外でも感じることがある症状の一つ。そのため、このままやり過ごしてよいのか、それとも病院で診察を受けるほうがいいのか迷う人もいるのでは? そこで今回は、更年期の専門医である東京医科歯科大学の寺内公一先生に、更年期と疲労感についてお話を伺いました。
更年期に疲労感を感じている人は多い?
―「更年期(おおむね45~55歳)を迎えて、疲れやすくなった」という声を聞きます。更年期外来でも、疲れやすさを訴えられる方は多いのでしょうか?
寺内先生(以下、寺内) 更年期外来にいらっしゃる方を対象に、「むかつき、吐き気」「めまい」「手足のしびれ、感覚のにぶり」「腰痛、肩こり、手足の節々の痛み」「疲れやすい」「頭痛がする」など、日常生活で感じる更年期の不調について調べたことがあります。
その調査によりますと、週1回以上疲れを感じる方は85.6%、ほぼ毎日疲れを感じる方は49.3%もいらっしゃいました。割合として、とても多いと思います。
また、日本の地域住民で更年期の方、約850人を対象にした調査でも、85%の方が疲れを感じている、という報告があります。
―更年期外来を受診されている方も、そうでない方も、同じ割合で、疲れやすさを感じていたのですね。日本以外の国では、どうなのでしょうか。
寺内 オーストラリアの地域住民で更年期の方、約890人を対象にした調査では、82%の方が疲れを感じている、と報告されています。
―日本人と同じくらいの割合ですね。
寺内 更年期以外の方は、どれくらい疲れを感じているのかといいますと、かかりつけ医を受診している方では13.6%。病院にかかっていない一般の方では6.7%の方が、慢性的に疲労を感じているという調査報告があります。
これらのデータから、更年期女性は、疲れやすさを感じている人が多いと考えられます。また、肩こりなどの症状を訴える方も多く、疲れやすさを感じ始めるタイミングで、肩こりなどの症状も現れるようです。
疲労感の背景にあるものは?
―更年期女性の疲れやすさの背景には、どのようなことがあるのでしょうか。
寺内 ひとことで言い切ることはできないのですが、以前、更年期と睡眠の関係についてお話をしたときに、BPSSモデル(バイオ・サイコ・ソーシャル・スピリチュアルモデル)についてお話をし、「バイオ(bio)身体的」「サイコ(psycho)精神的・心理的状態」「ソーシャル(social)社会的」の3つ、または「スピリチュアル(spiritual)信念・生き方」を加えた4つの側面から考えることが大切です、ということをお伝えしました。
患者さんのお話に、日々、耳を傾けていますと、女性ホルモンのゆらぎ、加齢の影響、不安やうつ気分の強さ、生活のリズムや家族との関係性、どのように生きたいか、といったことが、お一人おひとり異なりますので、疲れやすさの背景にあるものも、その方によって違うと感じます。
ですので、更年期女性の疲れやすさの背景には、様々なものがあると思うのですが、そのなかから強いて3つ挙げるとすれば、更年期、加齢、病気の視点が大切になると思います。
最初に、更年期について。例えば、更年期は、女性ホルモンの分泌量がゆらぐ時期です。それによっていわゆるホットフラッシュが起こり、それが就寝中にも起こると、睡眠の質が落ちることが知られています。
また、更年期女性を取り巻く環境は、大きく変化しやすいことがあります。不安や心配事があれば、眠りの質も落ちてしまいますし、過度なストレスがうつ症状につながることもあります。
―更年期のゆらぎによる不調は、どれくらいの期間、続くのでしょうか。
寺内 一概には言えませんが、更年期の不調のコアタイム(激しいゆらぎの時期)は、閉経の前後2年、計4年ほどといわれています。うつ症状については、閉経後2年経つと、リスクが0.5に下がるというデータもあります。
私の実感としましても、激しいゆらぎの時期は、とてもおつらそうだった方が、その時期を乗り超えられて数年すると、症状が「落ち着きました」とお話される方が多いように思います。
―そうなのですね。更年期の不調にコアタイムがあると分かるだけでも、遠くに明かりが見えるといいますか、良くなっていく可能性が感じられて、気持ちが明るくなります。
寺内 次に加齢についてですが、どなたも年齢を重ねます。例えば20歳のときと、50歳のときでは、体力的に違いがあるのは、自然なことです。そうしたことに加えて、生活習慣の乱れが疲れやすさを悪化させていくこともあります。
患者さんのお話に耳を傾けていますと、例えば、忙し過ぎて食事の栄養バランスが偏っていた、介護の中心にいらして体力的に厳しい状況だった、ということが分かることもあります。患者さんご自身は、気づかれていないことが多いのですが、お話を一つひとつお伺いしていくなかで、思い当たることが出てくることは、よくあります。
また、ふだんの運動習慣の差も、体力に影響します。運動が、心身に良い影響を与え、更年期の不調を和らげることは、よく知られていますので、生活習慣において、運動が不足していて、その方が運動できる状況であれば、運動を取り入れるのも、いいのではないでしょうか。
―更年期の女性は周囲から必要とされて多忙です。気づかないうちに生活習慣が乱れて、疲れやすくなっていることもあるのですね。
寺内 そして、疲れやすさの背景に病気がある場合については、様々なことが考えられます。
これは一例ですが、更年期の症状と似ているといわれるのが、甲状腺機能低下症です。甲状腺は、のどぼとけにある臓器で、全身のエネルギーの使い方をコントロールするホルモンを作っています。
けれども、その機能が低下して、甲状腺ホルモンの分泌ができなくなると、エネルギーを使ったり、新陳代謝を促したりする機能が落ちてきます。そうすると、疲労感や冷え、むくみ、眠気、無気力、記憶力低下などの症状が現れやすくなります。
他に、疲れやすいと思っていたら、基礎疾患として心臓や肝臓の病気が見つかった、という場合もあります。
この後、セルフケアのお話をしますが、セルフケアと治療はバランスが大切です。セルフケアを行ってみても、つらい症状が続く場合や、日常生活に支障が出ている場合は、無理をせずに、早めに更年期に理解の深い医師の診察を受けていただければと思います。
病院に行ったからといって、すぐに疲れやすさが和らぐとは限りません。けれども、採血などの検査を通じて、疲れやすさの背景にあるものを、ある程度絞り込むことは可能です。原因によって、適切な治療法やお薬を選ぶこともできますので、一人で抱えないことが大切です。
おすすめのセルフケアは?
―家庭で手軽に取り組めるセルフケアがありましたら、教えてください。
寺内 質の良い睡眠、栄養バランスの良い食事、適度な運動を心がけることだと思います。
睡眠については、質の良い睡眠がとりたくても、とれない方もいらっしゃると思います。それが就寝時刻や寝室の環境など、調整しやすいものであれば調整し、周囲にもサポートを求めていくと良いのではないでしょうか。
―夜間にホットフラッシュが起きて、汗をかいてしまう人のなかには、着替えを枕元に置いて、着替えやすくしたり、寝室を自分に合う室温や湿度に調節したりする人もいるようです。「輝きプロジェクト」で紹介されているセルフケアも参考になりますね。
寺内 食事については、栄養バランスの良い食事をベースに、その補完として、ビタミンB1を含む食材を食べると良いのではないでしょうか。ビタミンB1は、農芸化学者の鈴木梅太郎氏が、米ぬかに含まれる物質として発見した成分です。ビタミンB1が不足すると、脚気になることが知られています。初期症状は、全身のだるさや疲れやすさで、手足のしびれや下肢のむくみなども現れます。
―脚気は、昔の病気のではないのですか。
寺内 食料事情が改善した現在でも、ジャンクフード(栄養価の非常に低い食品)ばかりを食べ続けている人や、アルコール依存症の人に見られます。
―そうなのですね。知りませんでした。
寺内 ビタミンB1とのつながりでいえば、にんにくにはアリシンという臭気成分が含まれていますが、ビタミンB1と結合して、アリチアミンという成分に変換されると、体内への吸収が良くなります。ビタミンB1を多く含む食材には、豚肉やグリンピース、大豆などがあります。
併せて、女性ホルモンと似た働きが期待できる、大豆イソフラボンを含む大豆製品や、骨粗しょう症対策に、カルシウムを含む乳製品や小魚なども、意識して食べると良いのではないでしょうか。
―食事を中心にサプリメントも上手に活用しながら取り入れたいですね。適度な運動についてはいかがでしょうか。
寺内 適度な運動は、肥満予防になるだけでなく、体力を保ち、ストレスの解消にもなります。また、朝、太陽の光を浴びると、体内時計がリセットされ、夜、眠りにつきやすくなります。ウオーキングやストレッチなどは、日々の暮らしに取り入れやすいのではないでしょうか。
―疲労回復には、質の良い睡眠、栄養バランスの良い食事、適度な運動が大切だとよく分かりました。また、生活習慣を見直すことも大事ですね。今回も、貴重なお話をありがとうございました。
<この記事を監修いただいた先生>
寺内 公一 先生
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科茨城県地域産科婦人科学講座教授
▼詳しいプロフィールを見る
<インタビュアー>
満留 礼子
ライター、編集者。暮らしをテーマにした書籍、雑誌記事、広告の制作に携わる傍ら、更年期のヘルスケアについて医療・患者の間に立って考えるメノポーズカウンセラー(「NPO法人 更年期と加齢のヘルスケア」認定)の資格を取得。更年期に関する記事制作も多い。