更年期の動悸。その原因と対策【医師監修】

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運動をしたわけでもないのに、急に胸がドキドキしたり、息苦しくなったりすると、「何か大きな病気があるのでは…」と心配になるものです。更年期の動悸は、これといった理由がなく起こるのが特徴ですが、不安を感じる人は少なくありません。そこで今回は、更年期の専門医である東京科学大学の寺内公一先生に、更年期の動悸についてお話を伺いました。



更年期に動悸を感じる人の割合は?

寺内先生(以下、寺内) 当院の更年期外来を受診されている患者さんを対象に、動悸の有無を調べたところ、4割ほどの方が、中等度以上(週の半分以上)の動悸を感じていることが分かりました※1

寺内 日本だけでなく国際的な更年期症状のチェック項目にも「動悸」はありますので、世界共通の訴えと考えてよいと思います。

実際、更年期外来で、患者さんのお話に耳を傾けていても、動悸について訴えられる方は多いと感じます。


※1 Enomoto H, Terauchi M, et al. Menopause 28:741, 2021



更年期の動悸とは?

寺内 医学的な定義では、動悸は頻脈(心拍数が増える)や不整脈(心拍のリズムが乱れる)が見られることをいいます。

更年期症状の動悸の場合は、そうした頻脈や不整脈、心臓病が見られることは少なく、ストレスによって動悸を自覚していることが多いと考えられます。

例えば、更年期に限らずとも、不安になったり緊張したりすると心臓がドキドキしますが、更年期に感じる動悸は、不安に代表されるような心理的、社会的なストレッサー(社会的立場や人間関係など)が、大きく関わっていると考えられます。



女性ホルモンと自律神経の関係

寺内 そうしたストレスの他に、「自律神経の乱れの影響」も考えられます。更年期は、女性ホルモンのエストラジオール(代表的なエストロゲン)の分泌量が、波打つようにゆらぎながら低下する時期です。その時期(更年期のコアタイム)は、自律神経の働きが乱れやすくなります。

寺内 それは、エストラジオールが、脳からの指令によって分泌されているからです。

エストラジオールを分泌しているのは卵巣ですが、脳の視床下部や下垂体、卵巣が連携し合い、分泌量をコントロールしています。

脳の下垂体からFSH(卵胞刺激ホルモン)が出て卵巣を刺激すると、卵胞が発育を始めます。卵胞が発育するなかでエストラジオールが分泌され、血中のエストラジオール濃度が増加します。

ところが、閉経が近くなると、いくら命令を出しても、卵巣からエストラジオールが出なくなるため、脳の視床下部はとても混乱します。エストラジオールの分泌だけでなく、自律神経の働きもコントロールしていますから、自律神経が関わるところに影響が出てしまうのです。

自律神経を車に例えると、交感神経系はアクセル、副交感神経系はブレーキに相当します。

更年期に自律神経のバランスが乱れると、心臓の拍動や血管運動神経症状、末梢血管の収縮が、本来あるべきタイミングではないときに、交感神経系(アクセル)が活性化されてしまうため、運動していないのに突然胸がドキドキしたり、暑くもないのに汗が噴き出たり、強い冷えを感じたりする、といったことが起こりやすくなると一般的には考えられています。



更年期の動悸は自律神経と関連しない!?

寺内 ところが、2021年に私たちが行った、更年期の動悸が何と関連するのかについての研究※1(多変量解析)では、動悸と交感神経系の緊張との間に関連は見られませんでした。また、動悸を強く感じる人とそうでない人に、心拍数、不整脈の差も見られませんでした。他に、閉経の状態、年齢、体組成(身長、体重)、基礎代謝も調べましたが、動悸との関連は見られませんでした。

この研究をするにあたり、考察の一つとして、「女性ホルモンのエストロゲンが低下すると、心臓の拍動をコントロールする自律神経の働きが、交感神経系(緊張)の方向に働いて、動悸を自覚させやすくするのではないか?」という仮説を立てたのですが、そうではなかったのです。


※1 Enomoto H, Terauchi M, et al. Menopause 28:741, 2021



更年期の動悸と関連するのは、不安症状と血管運動神経症状

寺内 不安症状と血管運動神経症状(ほてり、のぼせ、ホットフラッシュ)です。

他に、多少の関連が見られたものとしては、例えば、複数の更年期症状(血管運動神経症状、うつ症状など)があり、症状自体も重い方ほど、動悸を強く感じている傾向がありました。

例えば、甲状腺や心臓に病気がある方の動悸では、常に脈拍や心拍に乱れが見られます。けれども、更年期の動悸の場合は、脈拍や心拍は正常です(短時間、一時的にドキドキして脈拍や心拍が乱れることは考えられます)。

つまり、更年期の動悸は、必ずしも交感神経系の緊張や脈拍の増加を背景にしているのではなく、不安感によって、脈拍や心拍は正常なのに、正常ではないと感じてしまう“認知のゆがみ”があるのではないかと考えられます。パニック障害で感じる動悸に近いものなのかもしれません。

寺内 動悸と不安については、私たちの研究以外でも、もともと不安感を抱えていない方も、閉経の頃になると不安感を抱えるようになるというデータがあります。また、強い不安感が、主観的な(病気はない)動悸の自覚を促すという報告もあります。動悸と血管運動神経症状の関連については、今回の私たちの論文が初めての報告になります。

動悸がする女性



更年期の動悸と似ている病気

寺内 例えば、心臓の病気、肺や気管支の炎症、貧血などは動悸を伴う病気です。また、脈拍が速い場合は、甲状腺機能亢進症(バセドウ病)が隠れている場合があります。

●甲状腺機能亢進症(バセドウ病)

寺内 甲状腺は、全身のエネルギーの使い道をコントロールしているところです。その働きが、亢進しても(活発になり過ぎても)、低下しても、更年期症状に似た症状が現れます。

機能低下を起こすと、冷えやむくみ、疲れ、だるさなどが現れ、亢進すると暑くなる、汗をかく、脈が速くなるといった症状が現れ、動悸として自覚されることがあります。

●微小血管狭心症

寺内 動悸の症状とは少し異なりますが、「微小血管狭心症」という病気があります。一般的な狭心症が、冠動脈(心臓に血液を供給する太い血管)が詰まり、心筋梗塞を起こすのに対して、微小血管狭心症は、微小血管(冠動脈から枝分かれした細い血管)が収縮し、血流が低下することで胸痛が出ます。冠動脈造影を行っても明らかな狭窄(血管が狭くなること)は見られません。ストレスや寒い環境、喫煙、睡眠不足によって引き起こされますが、閉経後の女性に多く発症するため、エストロゲンの減少が関与していると考えられています。治療には血液拡張薬を用います。

●たこつぼ心筋症

寺内 こちらも動悸の症状とは少し異なりますが、「たこつぼ心筋症」という病気があります。強い精神的・肉体的ストレスによって交感神経が過剰に刺激され、心筋の一部(特に左室心尖部)が、一時的に収縮障害を起こす病気です。急性心筋梗塞に似た胸痛や息切れが出ますが、短時間で自然回復することが多く、冠動脈造影を行っても狭窄は見られません。収縮障害を起こした時に、左室が「たこつぼ」のような形に拡張するため、たこつぼ心筋症と呼ばれます。閉経後の女性に多く発症する病気です。治療は安静と対症療法になります。



更年期に動悸を感じたら、何科を受診するといい?

寺内 まずは、症状の背景に、病気が隠れていないかを見極めることが大切です。また、脈は自分で測ることができますので、あきらかな頻脈や不整脈がある場合は、迷わずに循環器内科に行きましょう。

そうではない場合は、心理的、社会的なストレスによって動悸を自覚しているのかもしれませんので、更年期の専門外来を受診されるとよいと思います。



更年期の動悸の治療法

寺内 更年期世代の方で、あきらかな頻脈や不整脈がなく、問診や血液検査等で他の病気が疑われない場合、または、他にのぼせやうつ症状など、様々な更年期症状を訴えられていれる場合は、更年期による動悸と考えます。

その場合は、全般的な更年期障害の治療をしていくことによって、動悸の症状も良くなっていくことが多いですし、不安が関連している場合には、カウンセリングをはじめ、認知行動療法といった心理学的な治療法で有効なものが多くありますので、そうした治療をしていきます。

更年期の動悸といっても、お一人おひとり症状も異なりますし、治療への希望や信念なども異なります。

ですので、私の場合は、その方に必要な治療法を見極めつつ、患者さんの考えもよく聴いて、治療法をご提案していく形をとっています。薬物治療では、HRT(ホルモン補充療法)や漢方薬を選ぶこともできます。

また、不安感が強い場合は、不安を抑える薬もお出しします。例えば、ある方の場合、抗不安薬を頓服薬としてお出ししたところ、「ドキドキしたら私はこれがあるから大丈夫」と、お守り代わりにお出かけ時に携帯されていました。

寺内 はい。更年期の動悸の治療法はいろいろありますので、まずは、一人で抱えずに、更年期に理解の深い医師に、ご相談していただければと思います。

脈を測るイメージ


更年期の動悸をやわらげるセルフケア

●検脈測定

寺内 検脈測定を習慣にしてみましょう。頻脈、不整脈を自分で確認することができます。やり方は簡単です。手首の動脈に、反対側の手の指先の腹をあてるだけです。

脈の回数は、1分間で100回以上の拍動があれば、頻脈です。1分間で60回未満の場合もよくありません。また、リズムが一定かどうかも確認してみましょう。トン・トン・トン…と同じリズムで脈を打っていれば問題ありません。トン・トン・トトン…など、リズムに乱れがある場合は、不整脈の可能性がありますので、循環器内科で詳しく検査をしてもらいましょう。

寺内 交感神経系が活性化されて動悸が起きている場合は、副交感神経系を優位にするアプローチが有効だと思います。カフェインやアルコールの摂りすぎを控え、禁煙を心がけたり、自分に合うリラックス法を実践したりするのもおすすめです。

また、不安感があり動悸がする場合は、深呼吸やリラクゼーション、十分な睡眠をとるなどして、過労や睡眠不足を防ぐのも良いと思います。

カフェインを摂りすぎない

カフェインの摂りすぎは、心拍数の増加や不安、不眠などとつながりやすいといわれています。コーヒー、紅茶、緑茶などに含まれています。コーヒーなら1日2~3杯程度※2にしましょう。ノンカフェインの飲み物を利用するのも一つの方法です。

アルコール飲料を飲みすぎない

アルコールの飲みすぎは、心臓や血管の病気のリスクを高くするといわれています。お酒の適量は、性別や体質などによって許容量が異なりますが、1日20グラム以下が目安です(ビール中瓶なら1本、日本酒なら1合程度)※3厚生労働省のアルコールウォッチでは、飲んだお酒を選ぶと純アルコール量と分解時間のチェックができます。こうしたアプリも活用するほか、ノンアルコール飲料も上手に利用しましょう。

たばこを吸わない

たばこに含まれるニコチンは、交感神経を刺激して、心拍数の増加や血圧の上昇、心筋の収縮などを引き起こします。また、動脈硬化や血栓の形成が進むため、虚血性心疾患や脳卒中のリスクも高めます。一人での禁煙が難しい場合は、禁煙外来を利用するのも一つです。薬とカウンセリングによる禁煙の成功率は7~8割といわれています※4

リラックスタイムを設ける

深呼吸や音楽鑑賞、歌を歌うなど、自分がリラックスできるものを見つけて、ストレスを発散しましょう。特に運動には、ネガティブな気分を発散させて、心と体をリラックスさせ、睡眠リズムを整える作用があります※5。マインドフルネスといって、動悸や呼吸のありようを観察して受け入れるという方法もあります。

質の良い睡眠をとる※6

「健康づくりのための睡眠ガイド2023」では、睡眠に関するさまざまなアドバイスが紹介されていますので、参考にしてみましょう。

・睡眠には1日の活動で蓄積した疲労やストレスから回復させる重要な役割があり、心の健康に影響します。

・スムーズに入眠するためにはリラックスし、脳の興奮を鎮めることが大切です。そのためには、寝床に就く前に少なくとも1時間は家事や仕事、勉強に追われずリラックスする時間を確保しましょう。

・自律訓練法やイメージトレーニング法の他、一般的な瞑想法、静かに行うヨガ、腹式呼吸、筋弛緩法、音楽やアロマなども、入眠を促し、眠りの質を高める可能性が示されています。

<良質な睡眠のための環境づくり>

・朝や日中にできるだけ日光を浴びると、体内時計が調節されて入眠しやすくなります。

・寝室にはスマートフォンやタブレット端末を持ち込まず、できるだけ暗くして寝ることが良い睡眠につながります。

・寝室は暑すぎず寒すぎない温度で、就寝の約1~2時間前に入浴し体を温めてから寝床に入ると、入眠しやすくなります。

・できるだけ静かな環境で、リラックスできる寝衣・寝具で眠ることが良い睡眠につながります。


※2 「食品に含まれるカフェインの過剰摂取についてQ&A ~カフェインの過剰摂取に注意しましょう~」(厚生労働省ホームページ)
※3 「アルコールと循環器疾患」(厚生労働省ホームページ)
※4 「喫煙と循環器疾患」(厚生労働省ホームページ)、「あなたのため、そばにいる人のため禁煙は愛」(日本医師会ホームページ)
※5 「こころと体のヘルスケア」(厚生労働省)、『「統合医療」に係る 情報発信等推進事業』(厚生労働省ホームページ)
※6 「健康づくりのための睡眠ガイド2023」(厚生労働省ホームページ)

<この記事を監修いただいた先生>

寺内公一先生

寺内 公一 先生
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 茨城県地域産科婦人科学講座 教授
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<インタビュアー>

満留礼子

満留 礼子
ライター、編集者。暮らしをテーマにした書籍、雑誌記事、広告の制作に携わる傍ら、更年期のヘルスケアについて医療・患者の間に立って考えるメノポーズカウンセラー(「NPO法人 更年期と加齢のヘルスケア」認定)の資格を取得。更年期に関する記事制作も多い。

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